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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)162号 判決

原告 相模ゴム工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三五年抗告審判第三二〇四号事件について昭和三六年一〇月二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、主文どおりの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和三四年一〇月二二日、別紙表示のとおり「Cherry Gold」の英文字を、同一書体、同一大きさ、同間隔に横一連に表わし、その書体は、いずれも筆記体とイタリツク体との中間をゆく態様で、かつ太線と細線との比をはつきりさせて、やゝシヤープさを加味して形づくられ、できている商標について、旧商品類別第一六類護謨、「エボナイト」、「ガタペルチヤ」、「ラバーサブスチチユート」、軟質合成樹脂ならびに他類に属しないその軟質製品を指定商品として登録を出願し、昭和三四年商標登録願第三一一三五号として審査の結果、昭和三五年一〇月一四日拒絶査定を受けたので、同年一一月三〇日これに不服の抗告審判を請求し、右請求は同年抗告審判第三二〇四号として特許庁に係属したが、特許庁は、昭和三六年一〇月二日、右抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、その謄本は同年一〇月一二日原告に送達された。

二、本件審決は、別紙に表示する登録第四四六六〇二号商標を引用し、次のとおりその理由を示している。

引用商標が桜の花に「SAKURA」の文字を配していることにより「桜」の観念が生ずるものであるのに対し、本願商標は「桜」を意味する英語「Cherry」に、「金」を意味する英語「Gold」を一連に書したものであるが、「Gold」の文字は色彩を表示する意味を有し、本願商標の指定商品についても商品の等級又は種類別表示としてしばしばこの種業界で使用されているものであることはその実情に照らし明らかであるから、本願商標の要部と認められる部分は「Cherry」の文字にあるといわざるを得ない。

従つて本願商標からは「Cherry」の観念が生じ、又この英語から直観する「桜」の観念が生ずるものであるとするを社会通念に照し相当とする。

それ故、両商標はその外観及び称呼の点においては類似していないとしても、観念上誤認混同を生じさせる虞れのある類似商標であると云わざるを得ないし、更にその指定商品も彼此相牴触することが明らかであるから、本願商標は旧商標法第二条第一項第九号の規定に該当し、その登録は許されないものであると判断せざるを得ない。

三、右審決は、次の理由により違法である。

(一)  商標の類否判断にあたつては、その全体が看者に与える印象をもつて比較考察すべきであつて、その構成分子の各々を抽出して判断すべきでないことは、実験則からいつて明らかであり、学説判例の一致するところである。

本件商標の構成は、前記のとおり、各文字がイタリツク体と筆記体との混合体のごとき特殊な書体をもつて「Cherry Gold」の文字が各文字の大きさ、間隔いずれもほゞ等しくして均斉を保つて横一連に書かれている。すなわち、その書体は比較的横の劃は細く縦の劃は太く、横と縦との連り部分は次第に変化し、かつ各文字の筆初めと筆納めの部分がシヤープになつていて、しかも文字の本体はやわらかみをもち、とげとげしくなく、調和のよい一個の外観を形づくつている。

したがつて、その全体は外観上において一体一個のものとして意識されることは自明であるとともに、観念上その外観の不分離から出発し、チエリーゴールドすなわち桜桃色の黄金なる特別な意義の熟語が生じ、そのようなものとして人の印象に訴え、認識され、かつその観念のもとにおいて「チエリーゴールド」なる称呼をもつて取引されるのが自然である。かゝる密接不可分な一熟語を強いて分離し観念する余地は、取引の実際上全くあり得ない。

(二)  本件商標は単なるCherryでないのであるが、Cherryそのものもまた、必ずしも桜の観念をもつものでなく、引用商標と類似しない。

引用商標のSAKURAの文字と五弁の桜花一輪をぬりつぶした外がわに同形の輪郭線を施した(換言すれば輪郭線を細く残してぬりつぶしてある)図形との結合が購買者に与える印象は、この親しみ深くしかも直截的に感得される圧倒的なこの図形部分を無視し得るものでないため、単なるSAKURAではなく、わが国固有の代表的名花であり、国民花である桜花であると観念されるのが自然であつて、その観念のもとに比較考察がなさるべきである。そして桜はわが国固有のものである反面、Cherryは外国のものであり、それも桜ではなく、桜桃をならせる樹木の品種を意味するのであつて、両者はその意義観念において全く異種異類であるばかりでなく、事実取引の場においてもわが国の桜をチエリーと即断するもののないことは、実験則に照して明白である。

したがつて、日本固有の桜と桜桃の木Cherryとの間においてさえ観念上同一といえないのはもとより、類似とさえ即断すべきでなく、いわんや本願商標のCherry Goldと引用商標との全体観察において、両者が観念上同一とされる理由を発見することができない。

(三)  本件商標Cherry Goldにおいては、Goldが主語Cherryが形容詞であることは、英文法上当然で、いやしくも英語を解するものの知るところであるから、この場合のCherryは桜桃色の、あるいは紅色の、と観念されるのが自然である。一方Goldは金、黄金等を意味するが、現代わが国人の普通に使用し、普通に認識され、観念されているものは、黄金もしくは金、とくに黄金であるので、上記の態様に一連不可分に表わされた本件商標は、桜桃色の黄金と認識され観念されるのが自然であり、結局本件商標の「桜桃色の黄金」と引例の「桜花」とは、観念上、異質異様のいちじるしい相異のあるものである。

(四)  審決は、「Gold」の文字は色彩を表示する意味を有し、本願商標の指定商品についても商品の等級又は種類別表示としてしばしばこの種業界で使用されているとしているが、そのような事実は知らない。また、たとえ「Gold」の文字が等級等に使用されることがあるとしても、そのような抽象的概念から具体的商標を見ることは首肯できない。要はその商標がどのように構成されているかの具体的表現が問題とさるべきであると信ずる。

(五)  本件商標は、前記のようにCherry Goldの文字を一連に書いた特殊の印象をもつており、単に桜ではなく、チエリーゴールドなる創造された新熟語である。

従来商標観察上、その観念についてはひたすら意義だけにしぼられていたきらいがある。しかし、観念はその商標の意義からだけでなく、それのもつ独自の、固有の、それ自体のニユアンスが強く看者に訴えることにより印象されるところに生ずるのであり、決して意義即観念ではない。とくに自然物象をはなれた独創的商標においては、その雰囲気は商標の性格上最も大きいウエイトを占めている。

このように、ニユアンスが新らしい意義をもつて観念を形づけていることは、注目に価する。

本件において、創造された「Cherry Gold」なる一連に表わされた商標は、「桜」とか「桜の一種」というのではなく、新らしい特殊な「Cherry Gold」として印象されるのが、きわめて自然である。

(六)  以上に主張したことは、原告一家の私言ではなく、原告が製造販売している商品コンドームにつき本件商標を使用している現実において、これを「桜」あるいは「チエリー」とされることなく、正確に一連に「チエリーゴールド」と観念され、その観念のもとに取引されている事実に徴し、明白である。このことは、コンドーム以外の商品についても当然に同様である。なぜならば、このことがコンドームのみの特殊性であるという特殊事情を、コンドーム業界がなんらもつていないからである。

結局本件の商標と審決引用商標とは、外観、称呼、観念共に相違し、互いに類似していないのに拘わらず、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下同じ。)第二条第一項第九号の規定に該当するとした本件審決は、事実誤認の違法があるものであつて、とうてい取消をまぬがれない。

四、(一) 被告は本件商標を目して「Cherry」と「Gold」との頭文字がそれぞれ大文字でかつ若干太く書かれているから構成および外観上これを分離して観察することが可能であると主張するが、商品取引上業者であると需要者であるとを問わずそのようなことを意識するものは皆無であろう。頭字が大文字であつてもなくても、また大きくても小さくても、商品取引の実際における心理からしてそのような枝葉末節に注意を向けるものはないばかりでなく、とくに本件商標のように外観上においても特殊の個性を形づくつている場合においてはなおさらであつて、本件商標は分断観念されることなく、それ一個として意識され観念される必然性を有する。

(二) 「Cherry」は被告も認めているとおり桜桃、桜の実、桜桃色等の意義を有するものであるから、その観念は桜でないことは明らかであり、とくに引用商標のように五弁の桜花一輪を正しく描いた図形すなわちわが国民花の桜、「さくら」から直截的に受ける観念とはいちじるしい異質性をもつ。

煙草のチエリーについて被告の主張するようなことが仮にあつたとしても、前記事実を否定するには足りない。

(三) しかも、本件商標は「Cherry」でなく「Cherry Gold」であつて、そこに英語の自然解釈として「桜桃色の黄金」なる意義が感受され、「Cherry Gold」なる英語の与える特殊のニユアンスが看者に訴える。この観念は前に主張した本件商標の全体の外観とあいまつて、一層いちじるしく看取認識されるのである。

(四) 被告は、金やゴールドは品質優良品の表示に普通用いられているから本件商標の要部は「Cherry」にあるとし、二、三の例を示すが、そのような抽象例は本件にとつてなんらの関係を有さない。被告が引用する判例は、富士竜と富士金竜との類否が問題となつたのであつて、とくに富士竜なる実質的には創作された既登録商標と、ほとんど全部ともいえる部分において同一の文字商標であるがために類似となつたのであり、たまたまその場合に金が優良品を示すために用いられるとされたとしても、いつもそうであるとは限らない。

問題は文字の用い方、表現の方法から生ずる意義とニユアンスとから来る観念が具体的に商品取引者やその商標を見る人にどのような印象を与え、認識されるかにあり、本件商標におけるそれと審決に引用された桜の図形商標とが取引の過程において誤認混同されるかどうかにある。

(五) 被告はまた形容詞的な語も名詞の後に付して表現されることがあると主張する。仮にそのような例があるとしても、本件のように創作された商標であつて、しかもエキゾチツクに図形化された態様と相関している「Cherry Gold」の特殊のニユアンスから来る観念を否定し去ることは、とうていできない。

(六) 本件商標は旧第一六類のゴム、エボナイト、ガタペルチヤ、ラバーサブスチチユート、軟質合成樹脂ならびに他類に属しないその軟質製品を指定商品とするもので、それらのものはいずれも特殊な用途に使用される特殊商品であり、本類商品に関して金やゴールドや「Gold」が品質等級等を表わすために普通用いられている事実はないばかりでなく、その商品の製造業者および取引業者はごく専門の特定取引関係にあるものであつて、需要者も亦それら専門業者のアドバイスを得て商品を購入するのを普通としている商品であるから、前記のように明確な別異商標間において誤認混同されるおそれはあり得ない。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告が本訴請求原因として主張する事実のうち、原告の本件商標登録出願から、その拒絶査定に対する抗告審判において、原告主張の審決がされ、その謄本が原告主張の日原告に送達されたまでの経緯および右審決の内容の概略が原告主張のとおりのものであることは、争わないが、原告が右審決を違法であると主張してあげている諸点については、以下の理由によつて、これを認めることができない。

二、(一) 本件商標を構成する文字中「Cherry」の「C」と「Gold」の「G」とはいずれも大文字で大きく、かつ若干太く書かれているから、本件商標はこれを全体的に観察しても、その構成および外観上「Cherry」と「Gold」とを分離して観察することが可能である。したがつて、本件商標から「Cherry」の称呼、観念を生ずるとした原審決の判断をくつがえすべき理由はない。

(二) 「Cherry」なる文字が、果物類の取引等においてしばしば桜桃を意味するものとして用いられていることは認める。しかし、わが国において「桜」の文字は古くから「Cherry」と飜訳され、また英語で「Cherry」といえば「さくらんぼ」、「さくらんぼ色の」等の意味のほかに日本でいう「桜」の意味も認められるものであることは、辞書をひもとくまでもなく明らかである。煙草の「チエリー」が日本の「桜」もしくは「桜の花」を意味するものであることは、その包装箱に桜の花の図が画かれており、また戦時中「桜」と改名されたことなどを根拠として示すまでもなく、顕著な事実である。これらの事情を勘案すれば、わが国において「Cherry」といえば「桜」を直感せしめるものであることは、前記果物類におけるような特殊な場合を除き、ひろく社会観念として認められ得ることが明らかであり、原告が本件商標について取引上とくに「Cherry」の文字が「桜桃色の」あるいは「桜桃をならせる樹木の品種」等の意味に使用されている旨の特段の証拠を示していない以上、その主張を認めることのできないこと、いうまでもない。

(三) 本件商標は、外観上も前記のとおり、原告の主張と異なり、これを構成する文字を「Cherry」と「Gold」とに分離することを妨げるべき理由はない。かつ、本件商標の指定商品のように取引上同種製品について品質等級別ないし種類別に表示されることの多いものについて、「金」あるいは「Gold」の文字が、しばしば優良品であること、第一級品であること等、特定の種類、品質、等級等を表示するために使用されるものであることは、ビールの「アサヒゴールド」、洋酒の「ニツカゴールド」、加味品の「味の素ゴールド」、紙類の「金王」(「銀王」に対し)等の例に徴するも明らかであり、判例も亦「金」の文字について「銀その他色彩を表わす文字と共に商品の等級をあらわす為に商標中に普通に使用されていることは当裁判所に顕著なところである」とし、「富士竜」と「富士金竜」との各商標について、「金」の文字が「竜」の観念に特異の意味を加えるものとは認め難い、として、両者を類似商標であると判断している。(東京高等裁判所昭和三一年(行ナ)第三九号判決、昭和三二年三月一九日言渡)

そして、英語の普及している今日、「金」の文字について該当するところは、取引の実際において「Gold」についても妥当すると解するのが相当であるから、「Gold」の文字が他の文字と結合していると否とを問わず、通例の場合においては品質、等級等を表示するものと解せられ、本件商標についても原告のあげる理由からは、とくに上記判断をくつがえすに足る事由を認めがたい。

(四) また、本件商標を構成する文字は英語であるから、原告の主張するように「Cherry」が形容詞であり、「Gold」が名詞で主語であるとも考えられるが、最近の商標においては英語でも「アサヒゴールド」、「味の素ゴールド」等のように品質、等級等を表示する形容詞的な語をフランス語式に名詞の後に付して表現する場合もしばしば見られるから、本件商標についても「桜桃色の黄金」と観念しなければならない理由はない。本件商標を全体的に観察し、原告の主張するように、そのニユアンスが新らしい意義をもつて観念を形づけているところのものを配慮すれば、「ニツカゴールド」、「アサヒゴールド」等と同様に「チエリー」の第一級品と解するのが、最近における取引の実際に合致するものと云わざるを得ない。さらにまた、原告が主張するように、世人がコンドームについて「Gold」の文字を品質等級の表示として理解していないことについては、なんらこれを認むべき根拠がない。

要するに、本件商標を構成する文字中「Gold」は品質等級を表わすものであるから、本件商標の要部は「Cherry」であり、「Cherry」の文字はわが国においては世人をして「桜」を直観させるものであるから、本件商標は「桜」の観念の生ずることの明らかな引用商標と観念を同一にする類似商標であつて、原告の主張するところからは、本件審決の右の結論をくつがえすに足る理由を見出すことができない。

三、(一) 「Cherry」の正確な訳語としては、わが国における「桜」のみでなく、桜んぼその他原告が主張しているようないろいろの意味があることは、被告も否定しない。しかし、そのことはわが国における社会通念として、「Cherry」は「桜」を、また「桜」は「Cherry」を一般人に直感させるものであるという事実を否定する根拠とはなり得ない。

(二) 「ゴールド」、「Gold」等の文字を既登録商標の文字の後に付することにより、既登録商標が識別標識になつている商品に比べて、品質等級等が優良であることを誇示することは、とくに最近の取引の実際において頻繁に見られるようになつている。特許庁においても、以前は「○○○ゴールド」のように一連に書かれた商標について、「○○○」という登録商標を有している者から同一または類似の商品について登録を出願された場合に、必ずしもこれを連合商標として登録させるようには取扱つていなかつたが、最近の審査、審判の取扱においては、このような商標は、既登録商標と連合するものとして出願させるように指導している。これは最近の取引界の実情の推移にかんがみ、出願商標が「○○○ゴールド」とある場合には、世人は必ずしもその外観上の可分不可分を問わず「○○○」の品質等級の優良なることを直観するものであることを配慮して、このような出願商標は「○○○」が要部であるから、「○○○」の称呼観念をも生ずるものであるとの判断をその前提としているものである。

したがつて、本件商標から「Cherry」の称呼観念が生ずるものであるとするのは、最近における取引の実情を勘案した特許庁の審査、審判例の線にそうものであり、またこのような取引の実情の推移を配慮して、商標の顕著性や類否の判断に検討を加えるべきであるとする判例(東京高等裁判所昭和三二年(行ナ)第二八号判決、昭和三二年一二月二四日言渡)の趣旨にもそつているものである。

(三) 以上のように、「Cherry」と桜とは観念が異なるものであり、また「Cherry Gold」からは「Cherry」の称呼観念が生じないとする原告の主張はいずれも認め難いものであり、かつ本件商標の指定商品については「Gold」が品質表示ではないとする原告の主張するような特殊の事情も認め難いから、本件審決には原告の主張するような違法性は、なんら存在しないものと信ずる。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告の本件商標登録出願から、その拒絶査定に対する抗告審判(昭和三五年抗告審判第三二〇四号)において、昭和三六年一〇月二日に原告主張の審決がされ、同月一二日にその謄本が原告に送達されるまでの経過および右審決の内容が、原告主張のとおり、要するに前記出願商標は登録第四四六六〇二号商標と「桜」の観念を共通にする点において誤認混同を生じさせる慮れがある、というにあることについては、当事者間に争がない。

二、本件商標は、別紙表示のとおり、「Cherry Gold」の英文字を、筆記体とイタリツク体との中間ともいうべき書体にやゝシヤープさを加味した態様で、左から横一連に記載して成るものであることについては、当事者間に争がない。これに対して審決が引用した登録第四四六六〇二号商標(商標出願公告昭二九―四六三六)は、別紙表示のとおり、五弁の桜花一輪を、細い輪郭を白く残して塗りつぶして描き、その中央を貫くように、細長い偏平行四辺形の輪郭を、左右の辺が垂直になるよう右肩上りに傾かせて配し、さらにその平行四辺形の輪郭の中に「SAKURA」の英文字を左横書に記載して成るものであることは、成立に争のない甲第三号証(商標公報)および弁論の全趣旨に徴して明らかである。

三、右二の認定事実に徴すると、本件出願商標が審決引用の登録商標と外観および称呼の点において同一または類似というべき点の全くないことは、いうまでもない。

そこで、両商称の観念の異同につき考える。

まず審決引用の商標は、正しく描いた五弁の桜花一輪の図形に、ローマ字の「SAKURA」の文字を配したその構造により、「さくら」、それも、とくに日本の国民花として世界にひろく知られた桜の花の観念を与えるものであることが明らかである。そして、とくにローマ字で「SAKURA」と表現したことは、その音感を強調するとともに、それが日本固有のものとして他国語に翻訳されないで、そのまゝ他国民にも通用すると考えたのか、そうでないとすれば該名称を固有名称のようにして使つたものであるとの印象を看者に与えるといつてよいであろう。

一方、本件出願商標の「Cherry Gold」の文字は、これを一語として使う用法は従来普通に知られておらず、「Cherry」および「Gold」なる、いずれもわが国において通常の知識となつている二つの英語を結合してつくられた新造話であると認めるのが相当である。ところで、「Cherry」なる英語は、正確にはヨーロツパ原産のチエリー樹で、果実(桜桃)をならせる品種を意味し、これに反し日本の「さくら」はすべて固有種といつてよいが、「Japanese cherry」といつて日本の桜樹を指し、また日本の桜花を英訳して「cherry blossoms」という語法も亦存在することは成立に争のない甲第九ないし第一四号証および乙第二号証の各一、二、三の各種辞典の記事を考え合せてこれを認めることができ、また「Gold」の英語は「金」、「黄金」を意味すること、そして右両語は「チエリー」および「ゴールド」として、日本語化しているといつてもよいほど、日常一般に使われていることは、当裁判所に顕著なところである。

そこで、審決引用の登録商標から生ずる観念と本件出願商標のうちとくに「Cherry」なる部分の与える観念とを比較すると、後者、すなわち「チエリー」は、前に認定したような内容をもつ日本固有の名花である「さくら」の観念とは、同一または類似とはいいがたく、なおさらこれに「ゴールド」を附加して「チエリーゴールド」とした場合においては、両者を誤認混同するおそれはないと考えるのが相当である。

四、被告は、本件出願商標中「Gold」の部分については、これを既存の商標の下に附けて、その商品の品質、等級等を表示する事例が、最近とくに顕著であり、本件商標と引用の登録商標との類否を判断するには、この部分を除いて考察すべきである旨主張する。しかし、本件商標中「Cherry」の部分のみをとつても、引用商標の与える特別の観念とは似て非なるものであることは、前に認定したとおりである。

また、本件商標の「Cherry」の語は「Japanese cherry」あるいは「cherry blossoms」として使用するときは日本の桜樹、桜花を意味する点において、引用商標の「SAKURA」と意義上の関連なしとしないかも知れない。しかし、商標の類否判断上、その観念の異同を考えるについて、意義が重要な要素であることは否定し得ないが、これを唯一の指標となすべきではなく、用語その他それが表現されている態様や、看者に与える印象等をも勘案して、これを定めるのが適当であり、本件商標、あるいはそのうちとくに「Cherry」の部分と引用商標とは、その意義の上で前記の程度の関連性があるにもかゝわらず、全体的観察において、観念上同一でないことはもちろん、類似の点もないと認めるのが相当である。

もしそうでなくて、とくに引用商標のもつ「さくら」というような、きわめて適用範囲のひろい観念について、意義上の関連性を余りに厳密に考えるときは、観念類似の範囲を不当に広くして、必要以上に第三者の商標採択の自由を拘束する結果となるであろう。

そして、以上に判断したことについては、両商標を対比して考察した場合においてのみならず、その各々を離隔的に観察した場合においても同様であるといわなくてはならない。

この点に関し、被告の挙示する他の商標の事例は、本件に適切でない。

五、本件出願商標は、審決引用の登録商標と外観、称呼の上においてはもちろん、観念の上においても同一または類似の点はないというべく、これと異なる判断を前提としてなされた本件審決は、取消をまぬがれない。

よつて、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

(別紙省略)

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